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カレッジ日誌(過去ログ) |






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「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にし
て起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこ
そ、平和の道徳的優越性がある」(丸山眞男 )
■平和情報リンク「IMAGINE!
イマジン」、■祈り・癒し系
情報の海におぼれず、情報の森から離れず、批判的知性のネットワ
ークを! 
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2010.8.1
暑い夏です。地球全体が熱を出し、うなされているような、異様な夏です。東京での熱射病死者は75人、一人暮らしのお年寄りが多いのは、現代社会の病理をも反映しています。おかげで日本の政治の方は小休止、菅内閣の支持率下落は止まりませんし、民主党・社民党の参院選敗北総括もいい加減ですが、9月民主党代表選が、次の政局です。私の方も、30年続いた学部学生の膨大な期末試験採点がない、初めての本格的夏休み、今日から2週間アメリカ、9月は3週間ヨーロッパで、じっくり史資料収集と思索に取り組みます。そのため、130万ヒットを越えた本サイトも、8−9月の更新が不定期になるだろうことを、あらかじめお断りしておきます。メールは通じる予定ですので、ご連絡はkatote@ff.iij4u.or.jpへ。
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敢えてのっけからメルアドをかかげたのは、本サイト久しぶりの、「尋ね人」のため。かつて旧ソ連在住日本人粛清犠牲者や在独ワイマール期在独日本人関係者の発掘で本ウェブサイトは大きな威力を発揮し、10人以上の旧ソ連粛清犠牲者ご遺族に命日や埋葬地をお伝えするボランティア活動の土台を築きましたが、今回は、日本の侵略戦争の犠牲者である、ある母と娘の探求です。右の写真は、1936年に神戸で結婚したばかりの夫婦のものです。男性は鬼頭銀一、1903年、三重県鈴鹿市生まれ、1925年アメリカに渡り、敬虔なキリスト教徒としてコロラド州デンバー大学に学びました。在学中に社会学のチャーリントン教授の影響を受け社会問題にめざめ、アメリカの労働運動に接近しました。同級生に後の野坂参三のカルフォルニア滞在時代の助手、ジョー小出がいました。本サイトの長い読者の方ならば、私の2004年夏のアメリカがコロラド州デンバーだったことを覚えていらっしゃるかもしれません。鬼頭銀一は、英語と理論に優れていて1927年にアメリカ共産党に入党、28年にはニューヨークのアメリカ共産党本部で、米国共産党日本人部の最高指導者である初代の全国書記に抜擢されました。でも別に恐ろしい「アカ」ではなく、写真にあるように、知的な好青年でした。
その鬼頭銀一は、どうやら1929年にはアメリカを離れ、ベトナム経由中国の上海に入ったようです。当時上海には、世界中から、中国革命を支援するコミンテルン(共産主義インターナショナル)系列の活動家たちが集まっていました。本来なら歴史的に名を残すはずだったのが、ここで鬼頭銀一が、当時上海でアジアでの情報戦にたずさわり始めたリヒアルト・ゾルゲと、当時朝日新聞記者の尾崎秀実を引き合わせたこと。1941年検挙後の尾崎の供述を読めばそう出てきますが、一緒に検挙されたゾルゲが「有名なアメリカ共産党員鬼頭銀一」との関係を否定し、尾崎と会ったのはアグネス・スメドレーの紹介だったと強く主張したため、日本の検察当局はゾルゲの供述に合わせて尾崎の供述を変更させ、判決文は、スメドレーを仲介人にして、鬼頭銀一の名は入りませんでした。しかし、同じく被告の水野成の判決文には鬼頭銀一が出てきますし、最近、鬼頭銀一のアメリカ共産党での活動を明示する資料がモスクワでみつかり、ゾルゲと尾崎の出会いは、したがって後のゾルゲ事件の発端は、鬼頭銀一の上海での汎太平洋労働組合を拠点にした活動であったことが、ほぼ証明されました。
ただし鬼頭銀一は、31年9月満州事変勃発時に上海の日本領事館警察に捕まり、日本に送還されて、友人の日本人治安維持法違反容疑者木俣豊次の逃亡幇助の罪で32年末まで市ヶ谷拘置所に収監されていました。執行猶予付きで出所した鬼頭銀一は、33年1月から37年9月まで、国際港神戸にゴム製品販売「鬼頭商会」を開業、その間32年に上海から帰国し大阪朝日新聞に勤めた尾崎秀実と頻繁に会い、まだゾルゲが日本に入る以前から、「尾崎・鬼頭グループ」を作っていました。これまでのゾルゲ事件研究では、尾崎はゾルゲの協力者、したがって「ソ連のスパイ」とされるが、尾崎や鬼頭は、ゾルゲ諜報団とは別個に、日本の中国侵略に反対し、日中民衆の連帯を模索する活動を続けていました。ただし鬼頭銀一は、34年9月の尾崎秀実東京転勤後、「ゾルゲ・尾崎グループ」に加わった形跡はありません。ソルゲ事件における鬼頭銀一の重要性については、一度講演「イラク戦争からみたゾルゲ事件」で述べたことがあります。
1937年9月、鬼頭銀一は、神戸の店をたたんで南洋パラオ群島のペリリュー島に渡り、海軍基地建設中のペリリューに日用雑貨品店を開きます。そして7か月後の38年5月24日、店に出入りしていた30歳くらいの男から缶詰のゆで小豆を勧められ、食してまもなく苦悶し死亡します。日本の実家に伝えられたのは「謀殺の疑いあるも、糾明の術はなかった」ーーそれが日本の特高警察・憲兵隊による謀殺か、当時粛清最盛期のスターリンの刺客による暗殺か、非政治的・個人的な怨恨によるものか、あるいはたんなる食中毒か、今日でも不明のままです。その事情を一番よく知るのが、写真右の、ペリリュー島で一緒に暮らしていた妻なみです。1907年岐阜県大垣市生まれで、結婚前は三橋(みつはし)なみ、35年に鬼頭銀一と結婚し36年に長男誕生、38年4月、つまり鬼頭銀一「謀殺」事件直前に長女南生子(なおこ)が生まれたばかりでした。事件後、長男は日本の鬼頭家に引き取られましたが、妻なみと生誕1か月で父を失った南生子は、そのままパラオにとどまったといいます。海軍基地が完成したペリリュー島は、太平洋戦争の激戦の舞台でした。1944年の米軍との戦争は、1万500名の日本兵中、生き残りがわずか34名という悲惨な玉砕でしたから、なみ・南生子母娘は、パラオ本島に移っていたと思われます。
日本の敗戦後、母娘は、いったん亡夫の実家、三重県鈴鹿市の鬼頭家に引き揚げてきます。しかし夫のいない実家で姑ともうまくいかず、長男は鬼頭家に残したまま、なみは娘南生子と共に鈴鹿を離れ、行方不明となります。いつの時点かはっきりしませんが、再婚して「島原なみ」となり、遅くとも1950年以降は「島原なみ」として日本で生きてきたと思われます。その後1970年代に、東京都世田谷区経堂駅前のアパートに、南生子も結婚して「福原南生子」となり、1男1女の母として夫とともに「島原なみ」と同居していたという情報はありますが、そこもすぐ行方不明となり、以後消息はありません。大垣出身「島原なみ」は、1907年生まれですから、もう生きてはいないでしょう。しかし「福原南生子」さんは、1938年、名前のように南の島の生まれですから、まだご存命の可能性が高いです。二人の子供もいたとのことですから、日本のどこかで、ひょっとしたら亡父鬼頭銀一の行方を捜しているかもしれません。手掛かりは以上にすぎませんが、どなたか「岐阜県大垣市出身島原(三橋・鬼頭)なみ」さん(写真右)、「南洋パラオ生まれの福原(鬼頭・島原)南生子」さんについて、何らかの消息・情報をお持ちの方は、私の方にご一報ください。実のお兄さんはご存命で、連絡がついています。

この間、一橋大学退職期に執筆し編纂した書物が、次々に刊行されています。日本経済評論社からは、「政治を問い直す」シリーズ2部作、加藤哲郎、小野一、田中ひかる、堀江孝司編著
『国民国家の境界』と加藤哲郎・今井晋哉・神山伸弘編
『差異のデモクラシー』、私は後者に「政治の境界と亡命の政治」を寄稿しています。社会評論社からは、故栗木安延教授の追悼で編んだ合澤清・加藤哲郎・日山紀彦編
『危機の時代を観る』、私は「格差と貧困の情報戦」を寄稿。そして『年報 日本現代史』第15号(現代史料出版)には、加藤
「戦後米国の情報戦と60年安保ーーウィロビーから岸信介まで」が掲載されています。4月末にロシア大使館で行った講演
「ゾルゲ事件の3つの物語ーー日本、米国、旧ソ連」の記録が、日露歴史研究センター『ゾルゲ事件関係外国語文献翻訳集』第26号(2010年6月)に発表されました。
「ゾルゲ事件の新資料ーー米国陸軍情報部(MIS)『木元伝一ファイル』から」(日露歴史研究センター『ゾルゲ事件外国語文献翻訳集』第25号、2010年3月)の続編=総括編です。入手しにくい雑誌なので、原稿のpdfファイルをアップ。図書館に、『週刊 読書人』5月28日号掲載、
西川正雄『歴史学の醍醐味』(日本経済評論社)の書評をアップ。昨年メキシコ滞在以後に発表されたまま当カレッジには収録していなかった2本の論文、「戦後日本の政治意識と価値意識」、渡辺雅男編『中国の格差、日本の格差』(彩流社、2009年11月)及び「日本近代化過程におけるマルクス主義と社会主義運動の遺産」(『Forum
Opinion』No.7, 2009年12月)がアップされています。『初期社会主義研究』第21号(2009年3月)に発表された、山内昭人さんほか初期コミンテルンと東アジア研究会編『初期コミンテルンと東アジア』(不二出版)の長文書評も、図書館収録を忘れていましたのでアップ。昨年末12月19日に行われた医師・医事評論家川上武先生の追悼会「川上武先生に学ぶ集い」で行った私の追悼講演「『抵抗の医学者・流離の革命家』国崎定洞を追いかけて」、『図書新聞』09年10月10日号掲載岡村晴彦『自由人 佐野碩の生涯』(岩波書店)書評、同じく『図書新聞』1月30日号掲載の楊国光『ゾルゲ 上海ニ潜入スーー日本の大陸侵略と情報戦』(社会評論社)、などとともに、ご笑覧ください。
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図書館「学術論文データベ
ース」には、新規投稿論文、
甘田幸弘「唯物史観反証理論」(2010.6)をアップしてあります。長文でユニークな、マルクス主義批判です。このコーナーの常連
宮内広利さんの「歴史・国家の跨ぎと媒介ーーネグリとドゥルーズの時間」、前日本体育大学教授森川貞夫さんほか
「『スポーツと平和』をめぐる実践的・理論的課題」(日本体育大学紀要掲載論文)と共に、ご参照ください。3月末で一橋大学を退職しましたが、その最後の教育成果の発表。一橋大学加藤ゼミ学士論文集成に、恒例により2010年3月卒業生学士論文がアップされました。このページのみ、データベースとして残します。4月1日から早稲田大学大学院政治学研究科客員教授になりました。そちらの9月末開講秋学期講義・ゼミ関係は、早稲田大学ホームページからアクセス願います。
本学には、以下のようなセクションがあります。学びを志す方は、 どちらのドアからでも、ご自由にお入り下さい。
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情報処理センター(リンク集「 政治学が楽しくなるインターネット宇宙の流し方」のべ700サイトとリンク!)
情報収集センター (本学の目玉で「現代史の謎解き」「国際歴史探偵」の宝庫、データベース「旧ソ 連日本人粛清犠牲者・候補者一覧」「在独日本人反帝グループ関係者名簿 」「旧ソ連秘密資料センター」などが入っています!)
■イマジンIMAGINE!(新年更新)、■Global IMAGINE、■IMAGINE GALLERY、■「戦争の記憶」 (番外「大正生れの歌 」「100人の地球村 」)
特別研究室「2010年の尋ね人」 ――「日独同盟に風穴をあけた日本人 <崎村茂樹>」「上海におけるゾルゲ、尾崎秀実の周辺」についての情報をお寄せ下さい!
情報学研究室(必修カリキュラム、 リンク集処理センターと歴史探偵収集センターが両輪です)
政治学研究室(総合カリキュラム、2008/2005一橋大学学生意識調査結果、永久保存版論文・エッセイ多数収録)
現代史研究室(総合カリキュラム、日本現代史、旧ソ連秘密資料解読もあります)
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国際交流センター (Global Netizen College only in English)
加藤哲郎研究室(学長兼事務員の自己紹介、 当研究室刊行物一覧、エッセイ等)
客員教授ボブ・ジェソップ研究室 (イギリスの国家論者Bob Jessopの Homepageと直結、最新論文をダウンロードできます)
★客員名誉教授故ロブ・スティーヴン研究 室(オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学、「日本 =ポスト・フォード主義国際論争」の私の共著者、2001年4月18日永眠。遺稿"Competing Capitalisms and Contrasting Crises: Japanese and Anglo-Capitalism")
図書館 ( 学術論文データベ ース、書評の部屋、エッセイ集、一橋大学加藤ゼミ学士論文、ネチズンカレッジ創設記・カレッジ日誌 (過去ログ)、「ベルリン便 り」「メキシコ便り」 「竹久 夢二探訪記」「2005年一橋大学学生意識 調査結果」もあります)

ちょっと嬉しく恥ずかしい話。WWW上の学術サイトを紹介するメール
マガジン"Academic
Resource Guide"第3号「Guide &
Review」で、本HPが学術研究に有用な「定番」サイトに選ばれました。ありがたく
また光栄なことで、今後も「定番」の名に恥じないよう、充実・更新に励みます。同
サイトは、学術研究HPの総合ガイドになっていますから、ぜひ一度お試しを!
「Yahoo
Japan」では「社会科学/政
治学」で注目
クールサイトに登録され、特別室「テル
コ・ビリチ探索記」が「今日のオススメ」に、「IMAGINE!
イマジン」が「今週のオススメ」に入りました。「LYCOS
JAPAN」では「政治
学・政治思想」のベストサイトにされていましたが、いつのまにか検索サイトごと「Infoseek」に買収され、「学び・政治思想
」でオススメ・マークを頂いたようです。『エコノミスト』では、
なぜか「イ
ンターネットで政治学」の「プロ」にされましたが、河合塾の「研究者インフォー
メーション 政治学」では「もっとも充実した政治学関係HP」、早稲田塾の「Good
Professor」では、「グローバ
ル・シチズンのための情報政治学を発信」という評価をいただきました。「日経新聞・I
Tニュース」では「学術
サイトとしては異常な?人気サイトのひとつ」として、「リクルート進学ネッ
ト」にも顔を出し、「インターネットで時空を超える大学教員」なんて紹介されました。朝日新聞社アエラ・ムック『マスコミに
入る』で、前勤務先一橋大学の私のゼミナールが、なぜか「マスコミに強い大学 」のゼミ単位東日本代表に選ばれ「堅実・純粋な感
性」を養う「社会への関心が高い『問題意識』の強い学生が集う」ゼミナール として紹介されました。「 ナレッジステーション 」には、「政治学
・おすすめ本」を寄せています。恥ずかしながら、ありがとうございました。

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