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 <ネチズンカレッジ> last updated: February 1, 2012; next update: February 15, 2012(予定)

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戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にし て起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこ そ、平和の道徳的優越性がある」(丸山眞男 )、真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」(田中正造) 、■東日本大震災・福島原発震災情報リンク「IMAGINE! イマジン」学術論文データベ ース宮内広利「戦後大衆意識の成長と変貌ーー現在を映すカメラをさがしてアップ■「崎村茂樹の6つの謎に挑む「インテリジェンス」論文「未来」論文、■原発シリーズ第1弾占領下の原子力イメージ」、第2弾日本マルクス主義はなぜ『原子力』にあこがれたのか」DB、 CIA:緒方竹虎を通じ政治工作 50年代の米公文書分析」「CIA緒方ファイル分析」DB、「戦後米国の情報戦と60年安保ーーウィロビーから岸信介まで

 情報の海におぼれず、情報の森から離れず、批判的知性のネットワ ークを!   

「である」ことから「する」ことへ、

原発再稼動を許さぬ市民の政治を!

 

東日本大地震・大津波から立ち上がりつつある被災者の皆様、福島原発震災の放射線被ばく・避難者の皆様に、心からお見舞いし、敬意を表します。

「風化してはいけない出来事」●「忘れてはいけない日」●「もういちど生きる、希望

 

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2012.2.1  青空文庫」に入っているSF作家海野十三「敗戦日記」1945年1月1日に、「1月ではない、13月のような気がする」という話が出てきます。敗色濃い東京で、毎日米軍の空襲におびえる日々の続く新年のことでした。その伝で言えば、いよいよ「14月」でしょうか。例年この時期は、1月末のアメリカ大統領一般教書演説世界経済フォーラムダボス会議、WEF)、世界社会フォーラムWSF)の定点観測に当てるのですが、どうも力が入りません。強い地震が1月も頻繁で、マグニチュード7クラスの首都圏直下型地震が「4年以内に70%」という東大地震研究所の試算が、現実味を帯びてきます。東北沖「日本海溝」の東側の海底で規模の大きな地震が起きやすい状態になっているとも(右図)。北日本は大雪、東日本大震災のさなかに長野県栄村でも大きな地震がありました。その被災者が、仮設住宅の雪下ろしの最中に梯子から転落して死亡するという理不尽。東日本の地震/津波/原発事故被災者の仮設住宅には、お年寄りが多く入居しています。インフルエンザも流行中、暖房は大丈夫でしょうか。原発被災者への補償は、なかなかすすみません。失業保険が切れた人も出てきて、寒さがひとしおです。国会は消費税増税一色で、外では怪しげなロートル新党話、政党政治の機能麻痺が、被災地・被災者を直撃し、おいてけぼりにしています。そのうえ今頃明るみに出た、昨年大震災・原発事故時の議事録未作成という話。政府の緊急災害対策本部にも、原子力災害対策本部にも、被災者生活支援チームにも、公文書管理法に定められた議事録がなかったというのです。本当でしょうか隠されたか破棄されたのではないでしょうか。あの旧ソ連の共産党政権でさえ、政策決定の行政文書・議事録はきちんと残され、その記録=旧ソ連秘密文書の解読によって、私は数十人の日本人スターリン粛清犠牲者御遺族に、無実の処刑の事情や命日をお伝えすることができました。2万人近い大津波の犠牲者、30万人以上の避難者、10万人以上といわれるが実数がつかめない原発避難民の記録ーーそれらに責任を持ち、歴史により審判されるはずの国家中枢の失態の記録が、失われてしまったというのです。世界への恥辱であり、後世への侮辱です。防衛省沖縄防衛局の宜野湾市長選介入の話とあわせ、この国の民主主義は、発展途上国なみとみなされるでしょう。

 1月27日の枝野経済産業相の記者会見、「夏に全国で稼働している原発をゼロと想定し、今春にも対応策を公表する方針を明らかにした。原発の再稼働が難しくなっているためだ」とあります。これ、朝日新聞では26日の独占インタビューです。27日閣議後記者会見のロイター電は、「原発稼働ゼロでも「夏乗り切れる可能性」=枝野経産相」と中身に即して報じていますが、朝日のウェブ版は、「今夏、原発ゼロを想定 枝野経産相、制限令は回避」の見出しで、「枝野氏は「(今夏は)原発がゼロになる可能性はある」との認識を示した」と述べています。「今夏、原発ゼロを想定」も「ゼロになる可能性はある」も、ある状態を記述しただけです。見方によっては、「だから再稼動が必要だ」「火力のために電気料金値上げもやむをえない」と続きかねません。なぜ「ゼロにする」という政策的決意を引き出せなかったのでしょうか。もちろん枝野大臣のガードが固かったのでしょう。しかし、どうも朝日新聞自体が「脱原発」に確固として踏み出せない、曖昧さを表現しているようです。「であることとすること」とは、よく入試問題にも出る丸山眞男『日本の思想』の名言です。いまではこの言葉だけで、wikipediaに立項されています。「である」価値から「する」価値へとも言われるように、伝統から近代へ、認識から行動・参加への主体的意味も込められています。政治には、まさに「である」Aから「である」Bへと「する」主体的営為が求められるのです。3・11からまもなく1年、政治の停滞・失速は、致命的です。永田町が、霞ヶ関と原子力村の抵抗巻き返しにあって動かないのなら、市民が自ら「すること、行動に出るしかありません。アメリカのWall Streetから始まり、今も続く99%市民政治のように。すでに140日以上続いている、経産省前テント村に集う、福島のおかあさんたち若者たちのように。そのテント村の強制撤去が狙われています。撤去すべきはテントではなく原発です。2月11日全国一斉!さようなら原発1000万人アクションがあります。東京では、1時から代々木公園B地区です。大江健三郎さん、山本太郎さんらが発言します。

   故高木仁三郎さんの9つの「原子力神話」にならった、10の「原爆・原発神話」の検証、前回は「日本人の核アレルギー」を取り上げました。英国シェフィールド大学東アジア研究所グレン・フック教授の論文「言語の核化(ニュークリアライゼーション) : 政治的陰喩としての核アレルギー」(『広島平和科学』1984年7号)、オーストラリア国立大学テッサ・モリス=スズキ教授英文報告ペーパー「The Atomic Shadow on Japanese Society: Social Movements, Public Opinion and Possible Nuclear Disarmament」(2009年9月)にヒントを得て調べると、「核アレルギー」という表現があらわれる最初は、1964年8月29日『朝日新聞』夕刊ワシントン支局松山幸雄特派員送信「米、日本の自発的協力を喜ぶ」という記事でした。当時の荒瀬豊・岡安茂祐「『核アレルギー』と『安保公害』ーーシンボル操作・1968年」(『世界』1968年9月号)からは、アメリカ原子力空母の寄港問題が「核兵器の持ち込み」と海洋の放射能汚染という「軍事利用」にも「平和利用」にも通じる問題を喚起し、佐藤内閣の「核アレルギー」の多用は、「非核3原則」の裏での沖縄返還交渉「核密約」と結びついていたことを知りました。ちょうど、被爆者森滝市郎原水禁国民会議が「核と人類は共存できない」という、原爆にも原発にも反対する核絶対否定の立場を確立する時期でした。ただし、「核アレルギー」という言葉には、「日本人の病気」というニュアンスと「治癒=核保有」というイメージが、つきまといます。この点まで踏み込むと、ひどいというか、やはりというか、アメリカ国務省/諜報機関の診断でした。『中国新聞』昨年7月23日「被爆国の原発導入背景、米文書が裏付け」を読むと、1954年のビキニ水爆実験での第5福龍丸被爆のさい、米国国務省極東局は、大統領あて極秘覚書で「日本人は病的なまでに核兵器に敏感で、自分たちが選ばれた犠牲者だと思っている」と分析し、「放射能」に関する日米交流が「日本人の(核への)感情や無知に対する最善の治療法」になる、と指摘していました。典型的な「病気/治癒」の論理です。中曽根康弘・正力松太郎主導の「原子力の平和利用」=原発導入とは、まさにこの、ヤブ医者の誤診による麻薬の注射だったのです。

 続いて、「唯一の被爆国」の神話解体に、取り組んでいます。本サイトでは、ずっと「カッコ」つきで使ってきました。もともと盟友袖井林二郎さん『私たちは敵だったのかーー在米被爆者の黙示録』(岩波同時代ライブラリー)や春名幹男さん『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)からも、「唯一の被爆国」の誤りは自明ですが、なぜかくも長く使われるのだろうか、という疑問です。今日では「ヒバクシャ」は、ウラン採掘から核実験、原発事故も含め世界中に広がり、福島の経験からすると、中国・インドを含むすべての原発保有国が「ヒバクシャ」を産み出そうとしているのに。そこで私は、空間的広がりよりも、時間的流れを追うことにしました。占領期の新聞雑誌を網羅し、昨年占領下日本の『原子力』イメージ 」報告のさいに絶大な力を発揮した、プランゲ文庫の「占領期新聞・雑誌情報データベース」には、「唯一の被爆国」はありません。「被爆」そのものも25件で、「被爆者」も「被爆地」も2件だけです。1946年7月『短歌長崎』に「被爆ののち」という短歌集が入っていますが、あまり定着しなかったようです。広島・長崎は「アトム都市」などと呼ばれていました。森滝市郎さんの日記や中国新聞社編『ヒロシマの記録 年表・資料編』などを追いかけて、あることに気付きました。占領期は、放射能の後発性症状・内部被爆がGHQの検閲で隠ぺいされていたこともありますが、「被爆」そのものは、1945年8月6日広島と9日長崎の地域的「事件」に限定してイメージされ、どうやら「被爆国」という観念はなかったようなのです。中国新聞社編『ヒロシマの記録』によると、もともと米国の教会からはじまった「ノー・モア・ヒロシマズ」運動が、48年原爆3周年に浜井広島市長の世界160都市宛メッセージに使われました。国家を介さない、直接世界へのアピールです。『中国新聞』などは、その後も「被爆」を強調しますから、「被爆」になるには、原爆を投下された「日本民族」という意識と、ビキニの水爆実験による「死の灰」=放射能体験が加わることが、必要だったようです。奥田博子さん『原爆の記憶』は「唯一の被爆国」を神話とし、その脱構築をはかっていますが、8月6日新聞社説で「原爆の唯一の体験者である日本人」と述べたのは『朝日新聞』が1955年であり、『毎日新聞』が翌56年8月「唯一の被爆国であるわが国」、『読売新聞』では59年「世界でただ一つの被爆国日本」が初出だったようです。この「広島」と「日本」をつなぐものは何だったのか? どうやら、戦後日本のナショナリズム再生の物語になりそうです。以下の探究は、次回更新で。


昨年10月早稲田大学20世紀メディア研究所公開研究会報告は、『東京新聞』10月25日「メディア観望」、『毎日新聞』11月2日「ことばの周辺」を付して占領下日本の『原子力』イメージ ーーヒロシマからフクシマへの助走」へ。12月専修大学での同時代史学会年次大会報告日本マルクス主義はなぜ『原子力』にあこがれたのかは、その各論です。10月沖縄大学地域研究所・日露歴史研究センター共催第6回ゾルゲ事件国際シンポジウムでの私の報告宮城與徳訪日の周辺ーー米国共産党日本人部の2つの顔」も、沖縄タイムス』10月23日号を付して情報学研究室へ。「国際歴史探偵 」活動の一環としてアップした私の論文亡命者佐野碩ーー震災後の東京からベルリン、モスクワへ」(桑野塾講演、The Art Times, No.3, October 2011)、及び福本イズムを大震災後に読み直す」(『「福本和夫著作集』完結記念の集い・報告集』こぶし書房、2011年10月)は、いずれも「関東大震災後」という社会的災禍・激変のなかで「福本イズム」がなぜ受け入れられていったのかを、福本和夫の理論の側からではなく、「復興」にあきたらず受容した若者たちの意識の側から解読しようとしたものです。また崎村茂樹の6つの謎に迫る『インテリジェンス』論文に続く第二弾『未来』10月号掲載「社会民主主義の国際連帯と生命力ーー1944年ストックホルムの記録から」も、第二次世界大戦中の「反ファシズム」を、より広い文脈で理解しようとする試みです。政治学研究」室に、「国家権力と情報戦――『党創立記念日』の神話学」(『情況』2006年6月号)の前篇なのに入れ忘れていた『党創立記念日』という神話加藤哲郎・伊藤晃・井上學編著『社会運動の昭和史――語られざる深層』白順社 、2006、所収)をアップ。やや専門的ですが、ご笑覧ください。瓜生洋一さん・安田浩さんの追悼文は、図書館に入れて永久保存としました。

新年の図書館に、森宣雄さん『地のなかの革命ーー沖縄戦後史における存在の解放』(現代企画社)の書評をアップ。『同時代史研究』第4号(2011年)に掲載されたものです。学術論文データベ ース寄稿の常連宮内広利さんが、「貨幣・自由・身体性ーー想像の『段差』をめぐって」に続いて、「戦後大衆意識の成長と変貌ーー現在を映すカメラをさがしてで、3・11以後の思想状況に斬り込みましたのでアップしてあります。昨年、中国研究の専門家矢吹晋さんとの対談が、矢吹晋・加藤哲郎・及川淳子『劉暁波と中国民主化の行方と題して、花伝社から本になっています。信州大学国際シンポジウムでの基調講演汕頭市(貴嶼村)の現状からみる 中国の経済発展と循環型社会構築への課題が、信州大学からブックレットになりました。パソコン・携帯電話など「電子ゴミ」の地球的行方をNIMBY (Not in my backyard)の観点から追ったものですが、おそらく「核廃棄物」の将来にも、応用できるでしょう。ゾルゲ事件関係のファイルが増えてきたので、「情報学研究室カリキュラムに、情報学研究<専門課程2ーー世界史のなかのゾルゲ事件> を追加。ゾルゲ事件2010年墓前祭の講演記録新発掘資料から見たゾルゲ事件の実相(日露歴史研究センター『ゾルゲ事件関係外国語文献翻訳集』第28号、2011年1月)等が入っています。日本経済評論社の加藤哲郎・丹野清人編「21世紀への挑戦 7 民主主義・平和・地球政治」序論「情報戦の時代とソフト・パワーの政治の草稿段階での講演記録は、アメリカニズムと情報戦『葦牙』第36号、2010年7月)菅孝行・加藤哲郎・太田昌国・由井格「鼎談 佐野碩ーー一左翼演劇人の軌跡と遺訓(上)(下)」(『情況』2010年8・9月、10月)も、pdfで入れました。これまで「当研究室刊行物一覧」にありながら、ウェブ上では未公開だった体制変革と情報戦――社会民主党宣言から象徴天皇制まで」(岩波講座『「帝国」 日本の学知』第4巻『メディアのなかの「帝国」』岩波書店、2006年)、「戦争と革命ーーロシア、中国、ベトナムの革命と日本」(『岩波講座 アジア・ 太平洋戦争』第8巻『20世紀の中のアジア・太平洋戦争』i岩波書店、200 6年)、「<天皇制民主主義>論」(松村高夫・高草木光 一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』岩波書店、2007年3 月)、「グローバル・デモクラシーの可能性ーー世界社会フォーラムと『差異の解放』『対等の連鎖』」(加藤哲郎・国廣敏文編『グローバル化時代の政治学』法律文化社、2008年3月、所収)なども、本サイト研究室に収録されています。早稲田大学大学院政治学研究科私の開講する大学院講義・ゼミ関係は、早稲田大学ホームページからアクセス願います。一橋大学時代の教育関係ファイルは、2012年を機に、削除しました。

本学には、以下のようなセクションがあります。学びを志す方は、 どちらのドアからでも、ご自由にお入り下さい。

情報処理センター(リンク集「 政治学が楽しくなるインターネット宇宙の流し方」のべ700サイトとリンク!)

情報収集センター (本学の目玉で「現代史の謎解き」「国際歴史探偵」の宝庫、データベース「旧ソ 連日本人粛清犠牲者・候補者一覧」「在独日本人反帝グループ関係者名簿 」「旧ソ連秘密資料センター」などが入っています!)

イマジンIMAGINE!(3・11後更新)Global IMAGINEIMAGINE GALLERY「戦争の記憶」 (番外「大正生れの歌 」「100人の地球村 」)

特別研究室「2012年の尋ね人」 ――「南洋パラオから引き揚げた大垣出身「島原なみ」さん、その娘「福原南生子」さんの消息」日独同盟に風穴をあけた日本人 <崎村茂樹>」「上海におけるゾルゲ、尾崎秀実の周辺」についての情報をお寄せ下さい!


情報学研究室(必修カリキュラム、 リンク集処理センターと歴史探偵収集センターが両輪です)

政治学研究室総合カリキュラム2008/2005一橋大学学生意識調査結果、永久保存版論文・エッセイ多数収録)

現代史研究室総合カリキュラム、日本現代史、旧ソ連秘密資料解読もあります)


国際交流センター (Global Netizen College only in English)

加藤哲郎研究室(学長兼事務員の自己紹介当研究室刊行物一覧、エッセイ等)

客員教授ボブ・ジェソップ研究室 (イギリスの国家論者Bob Jessopの Homepageと直結、最新論文をダウンロードできます)
 客員名誉教授故ロブ・スティーヴン研究 室(オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学、「日本 =ポスト・フォード主義国際論争」の私の共著者、2001年4月18日永眠。遺稿"Competing Capitalisms and Contrasting Crises: Japanese and Anglo-Capitalism"
† For the Eternal Memories of Prof. Mikhail Masaovich Sudo, Dr. Jasim Uddin Ahmed , and Mr. Allan Sadaminovich Sasaki(2011年1月、本カレッジの発展に多大の貢献をした、須藤政尾遺児ミハイル・スドー教授、ヤシム・アハメッド博士、健持貞一遺児アラン・ササキさん追悼ページ) 


図書館 学術論文データベ ース、書評の部屋、エッセイ集ネチズンカレッジ創設記・カレッジ日誌 (過去ログ)、「ベルリン便 り」メキシコ便り」竹久 夢二探訪記」もあります) 

 

 ちょっと嬉しく恥ずかしい話。WWW上の学術サイトを紹介するメール マガジン"Academic Resource Guide"第3号「Guide & Review」で、本HPが学術研究に有用な「定番」サイトに選ばれました。ありがたく また光栄なことで、今後も「定番」の名に恥じないよう、充実・更新に励みます。同 サイトは、学術研究HPの総合ガイドになっていますから、ぜひ一度お試しを! 「Yahoo Japan」では「社会科学/政 治学」で注目クールサイトに登録され、特別室「テル コ・ビリチ探索記」が「今日のオススメ」に、「IMAGINE! イマジン」が「今週のオススメ」に入りました。「LYCOS JAPAN」では「政治 学・政治思想」のベストサイトにされていましたが、いつのまにか検索サイトごと「Infoseek」に買収され、「学び・政治思想 」でオススメ・マークを頂いたようです。『エコノミスト』では、 なぜか「イ ンターネットで政治学」の「プロ」にされましたが、河合塾の「研究者インフォー メーション 政治学」では「もっとも充実した政治学関係HP」、早稲田塾の「Good Professor」では、「グローバ ル・シチズンのための情報政治学を発信」という評価をいただきました。「日経新聞・I Tニュース」では「学術 サイトとしては異常な?人気サイトのひとつ」として、「リクルート進学ネッ ト」にも顔を出し、「インターネットで時空を超える大学教員」なんて紹介されました。朝日新聞社アエラ・ムック『マスコミに 入る』で、前勤務先一橋大学の私のゼミナールが、なぜか「マスコミに強い大学 」のゼミ単位東日本代表に選ばれ「堅実・純粋な感 性」を養う「社会への関心が高い『問題意識』の強い学生が集う」ゼミナール として紹介されました。「 ナレッジステーション 」には、「政治学 ・おすすめ本」を寄せています。共同通信配信全国地方紙掲載「こんにち話」で「国際歴史探偵 」と認定していただきました。恥ずかしながら、ありがとうございました。

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学長 加 藤 哲 郎  Dr. Kato Tetsuro

E-mail: katote@ff.iij4u.or.jp